注意文
今回の話は拙作『七歴史余話』の『葛木・・・静希』の設定を用いています。
読まれる前にそちらも読まれる事をお勧めします。
全ての発端はその年の元日だった。
この日、三咲市に根強い地盤を誇る槻司家では親族を集めての親族会議も終わり、新年パーティが執り行われていた。
この日の為に用意された豪勢な料理の数々、一般市民ではとても手が届かないであろう高級酒。
それらが次々と消費されていく。
そんな光景を片隅でやや呆れながら冷めた表情で見る青年が一人。
槻司家家長、槻司喜実國の孫である鳶丸がその名である。
しかし、時折向けられる彼に対する視線に好意的なものは乏しい。
いや、もっとはっきり言えば嫌悪と憎悪に混じり、媚び諂いの視線がほとんど、好意的なそれは皆無に近い。
当然と言えば当然の事で、彼は喜実國の長男一義の五番目の子供なのだが、正妻ではなく愛人の子だった。
その為、幼少時には云われなき迫害を受ける事が常であり、その影響もあって彼自身も積極的に親族と関わろうとはしなかった。
それ故に昨日まで・・・正確には昨年十二月半ばから連日の様に夜通し遊び呆けて家にはなるべく帰ろうとしない程であり、今日に関しても当然出席しないつもりだったのだが、恒例行事であるという理由で周囲から説得・・・むしろ強制され、渋々出席した程である。
そんな彼であったが、近年、彼の立場は極めて微妙なものとなっていた。
それと言うのも・・・
「おお、鳶丸ここにいたか」
そう言って近寄ってくる初老の男性・・・喜実國その人である。
彼は息子や娘、他の孫には目も暮れず鳶丸に声をかける。
「祖父さんどうかしたか?」
「付き合え、囲碁の相手がいなくてな」
そう言ってさっさと歩きだす。
面倒とも思うのだが、ここにいつまでもいても味わうのは場違いな居心地の悪さだろう。
正直そんなものに浸り悦に入るような趣味もない。
とりあえず、こんな場所よりはましだろうと鳶丸は祖父の後をついて行く。
そんな鳶丸に突き刺さるのは先程までの妬みと恐怖と媚び諂いがさらに強くなった視線、そして
「・・・調子に乗りやがって妾の子の分際で」
ぎりぎり鳶丸の可聴域に入る嫌味だった。
そう、今鳶丸は親族達からは後継者最有力候補として見られていた。
何しろ当主である喜実國に殊のほか気に入られている。
それこそ本来であればごく自然に槻司の全てを相続できる筈の彼の父一義よりも。
親族としてはいつ後継者を鳶丸にと言い出すか気が気ではない。
それによって本来庇護者であった父もそうなって以来鳶丸を嫌悪し、今まで迫害してきた兄姉達はいつやり返されるか恐怖しながら毎日を過ごしている。
いわば鳶丸に家の中では祖父以外明確な味方は誰もいない。
しかし、当の本人は特に気にもしていなかった。
何しろ今まで敵だらけの環境で育ってきた以上、それがどうしたと言うのが正直な所だから。
「馬鹿共が随分とお前に当り散らしているようだな」
離れに着くと早速碁を始め、しばし碁に興じていたが、喜実國は突然そんな事を口にしていた。
それを万が一にも一義たちが聞いていたら蒼ざめ言葉を失うであろう。
喜実國は既に鳶丸の現状を正確に把握していたのだから。
「そう思うんだったら祖父さん、さっさと引退して親父殿に相続したらどうだ?それこそ土桔の爺さん見習って」
祖父の人の悪さにやや辟易しながら、鳶丸が応ずる。
そうすれば全ては元に戻り、自分は再び心置きなく放蕩息子をやっていけるのだから。
「いや、まだ駄目だな。あいつには経験が足りん、まだ肩の荷が重い」
「そう言って当の祖父さんがぽっくり逝っちまったら元も子もねえだろう?」
「構うものか。わしが死んでボロボロになるのなら槻司は所詮そこまでだと言う事、惜しくも何ともあるまい」
「ま、俺も身の丈以上の財産やら権力なんざごめんだけどな」
「しかし、もったいない。お前がその気になればお前をその日の内に後継者指名できるのだが」
「やめてくれ祖父さん、そんな事になればそれこそ内紛が勃発するぞ。親父殿が吹っかけて来て、ろくな事になりゃしねえ」
そんなものかと静かに頷く。
それから再び二人は碁に興じていたのだが、しばらくして
「で、本題に入るが決心は固いのか?」
主語をあえて抜いて喜実國が問いかける。
「ああ、祖父さんには悪いけどな」
「・・・そうか、わかった。お前には苦労と面倒を掛けたからなそれくらいの自由は無ければな。ただし、条件は付ける。実行するのはお前が大学を卒業してからだ」
「ま、当然だろうな」
「それと自分の足で生きるつもりいるのならば、生きる為のものを身につけろ。それすら出来なければお前をここに縛り付ける」
「・・・はぁ面倒だがそれも当然か」
その言葉を最後に二人は無言で碁に興じ続ける。
結局、この日の戦績は二勝二敗だった。
そんな会話の翌日、槻司家に再度の嵐が吹き荒れる。
喜実國の宣言・・・『鳶丸を大学卒業と同時に槻司より勘当する。それ以降は槻司の敷居をくぐらせる事は許さん』によって。
これにほとんどの親戚は安堵と共に鳶丸には再び蔑視の眼を向ける。
口で言わずとも何を言いたいのか判るほどだ。
『大方図に乗って喜実國の逆鱗に触れたんだろう』
『妾の子らしい。所詮ここにいる事自体が間違いなのだ』
言語に出せばきりがないほど。
特にある意味恐怖から解放された兄姉達のそれは凄まじいの一言に尽きよう。
だが、それを浴びても鳶丸の表情に変化はない。
予想を全く裏切らない親族や兄姉の反応に完全に白けたのだ。
そんなにも遺産だの権力だの良いものなのかとも思うのだが、それも
(人それぞれか)
と言う、身も蓋もない結論を出すとさっさとこの場を立ち去った。
槻司の後継者争いなど彼にとってはどうでも良い事だった。
これで面倒極まりない厄介事からも解放されると彼は思っていた、いや信じていた。
結果としてそれは甘い見通しだったのだが、それと言うのはある意味酷だ。
いくら過酷な家庭環境で自分を磨いてきたと言っても、所詮鳶丸はまだ十七歳の少年に過ぎない。
その彼に人間の悪意、妄執の底を見極めろなど極めて困難な事だった。
現に飄々とした・・・周囲の視線からはそう見える・・・態度でその場を立ち去る鳶丸に対して歪んだレンズ越しの視線が向けられている事に幸か不幸か鳶丸は気付く事は無かったのである。
そこは何処なのかわからない。
ただわかるのは近年において都会ではもはやお目に掛かれない程の澄んだ夜空と満天に輝く星々が見える程自然に支配された場所であると言う事位。
その一角に庵があった。
そこは清潔だった・・・いや正確に言えば人が居住するには清潔すぎた。
生活臭と言うものが全く存在しない。
その中の一部屋に複数の人影がある。
夜の闇よりも深い闇の人影は身動きせずに誰かを待っているように思えた。
そんな凍てついた時間も襖が開けられるや即座に解凍された。
月の逆光に顔は判らないが背格好からして年配ではなさそうだ。
新たに入ってきた人影が正座するや襖は静かに閉められる。
それから無言の時はしばし続きおもむろに無感動な声が響く
「・・・お前の養育(かんせい)には一千万の費用と時間が掛かっている」
それは人を育てたと言う色合いがあまりにも皆無な言葉だった。
あえて言うならばそれは職人の手作業によって作られた作品への品評じみた声だった。
「判るな・・・一千万で養育(かんせい)された道具は一千万の仕事をこなせばよい」
別の人影が口にする。
今度ははっきりと道具と断言した。
人を物として扱う・・・これほどおぞましく眉を顰める話は無いだろう。
しかし何よりもおぞましいのは・・・そう言われたにも関わらず何も反応を示す事無く身じろぎもしない人影の方だろう。
それはあたかもそう言われるのが当然とばかりの態度だった。
「既に標的と接触する為の立場は用意している。標的を始末しその後は・・・」
そこで初めて人影が口にした。
「・・・標的を始末した後は自らに始末を付けます」
その一言に満足そうに人影達が頷きその人影はやはり自動で開けられた襖から部屋を後にする。
その時ちらりとその人影の顔が見えた。
その顔は・・・まだあどけない少年のものだった。
庵を後にした少年は即日その土地を後にした。
正確には後にさせられたと言うのが正しいか。
何しろここの事は当事者以外は誰にも知られてはならない。
彼はすぐさま現れた複数の人影に運ばれるように山を下りる。
その時、目隠しをして周囲の景色を見せないようにする念の入れようだ。
目隠しを外された時には既に少年が見る景色は全てが初めての見慣れぬものばかりだった。
やがて始末を付けるまでの一時の住処に案内され、そこで初めて標的の詳細と自分に用意された身分を確認する。
「・・・学生と言う奴か・・・で、俺も同じ学校の生徒か・・・」
「そこに転入してもらう。機を見て接触し、しかる後に始末しろ」
承知した、そう言わんばかりに少年は静かに一つ頷いた。
冬休みも明けて全国の学校も短い三学期が始まる。
三咲市の私立三咲高校もその例に漏れる事は無い。
そんな学校が始まったばかりの校内には二年を中心に噂が広がっている。
槻司鳶丸が家から勘当されたと。
「で、結局の所どうなのよ、殿下?学校が開けたと思ったらいきなり今年最大級のビッグニュースだぜ」
全ての授業も終わり放課後のベランダで槻司鳶丸は校内限定の悪友、もしくは腐れ縁、木乃美芳助から取材を模しての尋問が行われていた。
「あ?なんで人の家の事情を赤の他人にベラベラ喋らなきゃならねんだ?やっぱり手前、一回蒼崎に頭の中本格的に手術して持った方が良いんじゃねえか?」
当の本人はさして変わる事無く悪態をつき質問を煙に巻く。
「なんでだよ?話したって減るもんじゃないんだしよーきりきり喋ってくれってー」
それでも懲りると言う単語をどこか遠くに置き去りにした男は遠慮なく付きまとう。
だが、そこに
「木乃美、そうも人の事情に首を突っ込むのはあまりよろしくないんじゃないだろうか」
そう言って芳助を窘めるのは朴訥を擬人化したような人物、鳶丸にとってはまだ三ヶ月にも満たないが同年代、同姓としては打算も利害も抜きにして付き合える男、静希草十郎。
「えーっ、だってよー」
「だってよーじゃねえ、手前も草十郎の謙虚さを僅かでも見習え」
そう言って犬でも追い払うようにしっしとする。
ぶーぶー言いながらベランダから離れると途端に静かになる。
「ったく、どこのどいつがベラベラ喋ったんだか」
うんざりしたように愚痴る。
何しろ三学期が始まってからと言うものこの話題で持ちきり、入れ代わり立ち代わりで録音盤の如く聞かれるのだから、たまったものではない。
心底うんざりすると言うのが正直な本音だ。
「なかなか大変だな鳶丸」
そういった事を聞かない稀な人物の一人である草十郎は労わる様な口調だ。
「全く大変だよ。といつもこいつも何が面白いんだか」
草十郎であればと思ったのだろう。
首を横に振って嘘偽りない心情を口にする。
「で、鳶丸疲れている所申し訳ないのだが、今回の一件は以前言っていた笑える人生の一環なのか?」
「・・・よく覚えていたなあんな与太話」
昨年末、草十郎のとあるバイトに端を発したちょっとした騒動の折に口を滑らせた話をまだ覚えていた事に苦笑する。
「まあな。最もてめえの足で生きていく事が出来なけりゃ全部水の泡だけどな」
とそこに校内放送が流れる
『二年A組の槻司鳶丸君、槻司鳶丸君、山城先生がお呼びです。至急職員室まで来てください。繰り返します・・・』
「っとそうだった山城に呼ばれてたんだったな」
「??鳶丸何かやったのかい?」
「阿呆、木乃美と一緒にすんな。山城がなんか頼みたい事があるから呼ばれただけだ」
それから数分後、鳶丸は山城に連れられて会議室に向かっていた。
「で、また転入生ですか?」
「うんそうなんだよ」
鳶丸の言葉に苦笑しながら応ずるのは彼を放送で呼び出した山城和樹教諭その人。
「しかし、転入生ってそんなにぽんぽん入ってくるもんなんですか?静希が来てからまだ三ヶ月も経っていない筈でしたが」
「そうなんだよねえ。少なくとも僕にとってもこんな事は初耳だよ」
「で、まさかとは思いますがそいつも静希と同じレベルとは言いませんよね?」
「いや、草十郎君には申し訳ないけど彼ほどじゃあないよ。それなりに開けたところから家庭の事情で来たみたいでね」
「それなら良いんですけどね」
口ではそう言ったが内心では不安が募る。
何しろ山城は『普通だよ』ではなく『草十郎程ではない』と言ったのだ。
つまり草十郎程ひどくは無くてもごく一般よりは低いと言う事ではないかと思う。
「それはそうとなんで俺なんですか?静希の時も蒼崎がやったのなら今回もあいつに任せれば良いんじゃないですか?」
「いや、僕も蒼崎君に任せようかなと思ったんだけど、草十郎君の時を思い出してね。またその時みたいに機嫌が最悪だったらと思ってね」
先程から話の上がっている人物・・・蒼崎青子は怖い所もあるが基本としては面倒見もよく、生徒からも教師からも頼られるのだが、虫の居所が悪い日には最悪の嵐となる事を熟知していた鳶丸は納得したように頷く。
そうこう言っている内に目的の場所に到着する。
そして・・・
「やあ待たせちゃって済まない」
山城は朗らかに会議室にいた人物に声をかけた。
「紹介するよ槻司君。彼が来週からここで学ぶことになった葉月晃志郎君。で葉月君、彼が今回校内を案内してくれる我が校の副会長、槻司鳶丸君だ」
そこには一人の少年がいた。
年相応に鍛えられた四肢、それでいて年不相応に落ち着いた出で立ち、髪を手入れする事に興味がないのだろう適度に伸びた髪を自然に放置している。
だが、それよりも目を引くのはその両手、室内にも関わらず軍手をはめている。
そこを除けば少年と言うよりも青年そんな印象だったのだがその時鳶丸は何故か、彼に青年と言うより死期も間近な老人の影を見たような気がした。
鳶丸の姿を認めた時、晃志郎は幸運を喜ぶべきか不運を嘆くべきか本気で迷っていた。
転入前に彼と接触できたと言うのは無論だが喜ぶべき事だった。
しかし、何も下準備もなしに彼と接触してしまったのは嘆くべき所。
誰もいなければ今ここで事に及んでも良かったが、今会議室には山城教諭もいるし、時折部屋の外からは人の声もする。
今及んでも自分に不利になるだけ、そう考え今は自重する事にした。
「じゃあ、終わったらまた職員室まで来てくれれば良いからね葉月君」
そう言って山城は会議室を後にした。
「えっと・・・で葉月で良いのか?」
「ああ、名前よりそっちの方が良い。君は槻司君で良いのか?」
「君ね・・・いや、呼び捨てで良い。君付けはいまいち」
「そうか・・・確かに君は君付けされて喜ぶようには見えないしな」
「ま、そう言うこった。それよりもさっさと行くぞ。早くしねえと日も暮れちまうし」
「ああ、それについては同感だな」
そう言って二人は会議室を後にした。
鳶丸は知る由もないが、昨年末草十郎を案内した蒼崎青子は実に三時間近くの時間を校舎の案内にかけた。
しかもそれで終了ではなく、草十郎にバイトの時間が差し迫った事による中断と言う形でだ、もしそれがなければ日が暮れていたとしてもおかしくは無い。
だが弁護の為に言うならば、それは彼女の責任ではなく、行く先々で根掘り葉掘り質問し続けた草十郎の責任と言える。
だが、晃志郎は便所の場所とかどうしても判らない事でなおかつ緊急を要するであろう事のみ質問し、残りは鳶丸の案内で済ませ校舎全ての案内を終えるのに一時間と掛からなかった。
「ま、早足だったかも知れねえがざっとこんな所だ。質問はあるか?」
「いや、細かい所はクラスメイトにその時その時に聞く事にする。槻司の案内も的確で助かった」
「そっか」
案内を終えた二人は並んで職員室に向かって歩いていた。
丁度案内の最後が理科室や調理実習室などの特別棟であったので人気は皆無だ。
「そういやあんまり趣味の良い質問じゃねえけど葉月、なんだってお前軍手はめているんだ?」
「?軍手はめるのは校則違反か?」
「いや、ちゃらちゃらしたアクセサリーよりかよっぽど健全だ。ただ、この案内中一回も外さなかったからついな」
ばつの悪そうな鳶丸にああ、と一つ頷く。
「まあこいつはもう学校にも言っているがな」
そう言って無造作に軍手を脱ぐ。
そこには晃志郎の素手・・・ではなく、真っ白い包帯が彼の手に巻かれていた。
「昔の事故でな両手に結構ひでえ傷痕残っちまったんだよ。医者からは一生消える事は無いだろうって言われたな。しかも」
そう言って手を握りしめる。
いや、握りしめようとしていたが、小指だけが真っ直ぐ伸びている。
曲げようとしているのか小指が小刻みに痙攣している。
「ご覧のとおりでな小指はその後遺症でほとんど動かねえ」
「・・・あー悪かった」
悪い事を聞いたと反省しきりの鳶丸がそっぽを向く。
「気にすんな、初対面の奴には大抵聞かれる事だ」
そう言うが鳶丸の視線が離れた瞬間、晃志郎の眼が光る。
周囲には人影は無い。
誰かが来る様子もない。
今なら事に及べる。
そう確信を抱いた晃志郎の手はゆっくりと包帯に伸びる。
そしてその手が包帯を解こうとした時、
「お、草十郎」
不意に鳶丸が言った名に心臓が止まるほどの衝撃を受けた。
「ああ、鳶丸」
友人に声を掛けられた草十郎は鳶丸に近寄る。
「どうしたんだこんな時間まで、いつもならバイトじゃねえのか?」
「いや、今日はシフトの関係で夕方までバイトは無いんだ。で帰ろうとしたんだけど資料の片付けを頼まれて、それも終わったからこれから帰る所だよ」
「ったく、どいつもこいつもこき使いやがって、お前もお人よし過ぎるだろう。休める時には身体休めて置けって。マジでぶっ倒れるぞ」
「ああ、気を付けるよ。所で鳶丸・・・彼は」
「ん?ああ、そっかこいつは来週からここに通う事になった葉月晃志郎。今校舎案内終わって山城の所に戻る所だ」
「ああ、俺が蒼崎にしてもらった事か」
一区切りついたと見たのだろう、
「なあ、槻司・・・友人か?」
「ん?ああ、そうだな忘れていたこいつは静希草十郎、お前の数か月前にここに来た奴だ」
「そ、そうか・・・」
そう言っている間にも草十郎は晃志郎をじっと凝視している。
だが、凝視と言ってもそれほど時間もかける事も無く、確信を抱いたように
「あれ・・・なあもしかして」
不意に草十郎が口を開こうとした瞬間
「!!つ、槻司、悪い急用を思い出した!俺もバイトの面接今日あるんだった!悪いがこれで帰らせてもらうがいいか!」
切羽詰った表情で晃志郎が叫ぶように草十郎の言葉を遮った。
「へ?ああ、案内も終わったし手続きも済んでいるんって山城も言っていたから、構わねえぞ。山城には俺から言っておく」
「すまん!じゃあ改めて来週!」
そう言うとまさしく脱兎のごとく草十郎の脇をすり抜けて昇降口へと駆け出して行った。
草十郎の脇をすり抜けた時、かすかに口を動かしたがそれは当事者以外知る由もない。
「・・・結構足速いなあいつ、陸上部でもレギュラーでやっていけるんじゃねえか?」
そんな鳶丸の独白に
「・・・」
草十郎は応じる事無く、静かに晃志郎が駆けて行った方向に視線を向けていた。
「??どうした草十郎」
「え?いや、なんでもない」
鳶丸の問い掛けにはいつもの笑顔でなんでもないとそう答えた。
日も暮れ辺りは闇に支配された中三咲高校の校門前には私服に着替えた晃志郎が佇んでいた。
「・・・」
腕を組み、鋭い、いや鋭すぎる視線を周囲に向けて。
やがて、その視線が一点に止まる。
「・・・はぁ・・・できれば同姓同名の別人だと信じたかった・・・」
「やっぱり君だったんだ。久しぶりだね葉月」
「ああ・・・久しぶりだな静希」
旧知の友人の様な口調で姿を現した草十郎は心底から嬉しそうに、彼の姿を認めた晃志郎はため息をつきながらそれでも懐かしそうに再会の挨拶を交わした。
「しかし、まさかここにいるとは・・・恒河のジジイ、情報位渡しやがれ次に会う機会があったらマジ叩き殺す・・・それはそうと思っていたより元気そうだな静希。他の連中はとっくにお前はのたれ死んだものかと思っていたぞ。まあ葛木や恒河のジジイはなんだかんだで上手くやっているだろうって言っていたが」
「そっか・・・元気だったかい山の皆は」
「俺の知る限り全員いつもの様にやっていた。恒河のジジイは特にな。流石に俺がここに来た後は知らんがな」
「恒河さん元気か・・・何よりだね」
「何より?冗談抜かせ。あのジジイ齢百超えてもきっとピンピンしてるぞ。それとさん付けやめろ。あいつなんざ恒河の野郎か恒河のジジイで十分だ」
二人は取り留めのない、しかし懐かしい話に花を咲かせる。
だが、そんな時間もすぐに終わりを迎えた。
「で、君も山を降りたのかい?」
いつもの表情で、だがその瞳にはどこか諦めの様な当事者にも不明な感情を湛えた色を浮かべた草十郎の口から発せられた言葉で。
「・・・」
それに対する返答は無言。
やがて開かれた口からは無感動な乾ききった声が出て来た。
「静希・・・俺とお前はもう進むべき道を違った者同士、今回はお前であるかどうか確認するために会ったに過ぎない。今後俺とは赤の他人として付き合え。お前は俺達とは違う生き方を選んだ以上俺達に関わる必要はない」
突き放すようにそう言って晃志郎は草十郎に背を向ける。
「それで人を殺すのか」
質問とは微妙に毛色の違う草十郎の言葉に晃志郎は答える事無くその場を後にした。